新浜川公園 東京都 品川区 東大井 2-26-18 北緯35度35分52秒 東経139度44分27秒 |
2025年 | ![]() |
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嘉永6年(1853年)6月、アメリカ合衆国はペリー提督の率いる4艘の艦隊を日本に派遣して開国を迫った。 国書を幕府に渡すと、来春、再来航するとしてペリーは去った。 日本側は、次回は戦争になると想定して江戸湾の防備に力を入れることになった。 土佐藩は、この場所に鮫洲抱屋敷を持っていたので、砲台を造ることを幕府に願い出た。 嘉永7年(1854年)1月、ペリー艦隊が再来航した時、急遽、土佐藩が造ったのが、浜川砲台である。 六貫目ホーイッスル砲 1門 一貫目ホーイッスル砲 2門 鉄製五貫目砲 5門 計8門を配備した。 展示されているのは六貫目ホーイッスル砲(復元)である。 実物のない他藩では丸太を大砲らしく見せた偽物もあった中で、土佐藩の装備は江戸っ子の評判も上々であった。 この浜川砲台に佐久間象山塾で大砲操練を学んだ二十歳の坂本龍馬がいた。 |