スポッターズ的ひこうき写真館                                                回天


旧日本軍 特攻兵器「回天」

回天記念館
山口県 周南市 大津島 1960
北緯33度59分36秒 東経131度43分03秒
2025年

回天一型(レプリカ)

「回天」は、昭和19年に旧日本海軍が、九三式酸素魚雷を改造して造り上げた一人乗りの魚雷である。

太平洋戦争の末期、昭和19年に起死回生の特攻兵器として造りあげられたのが人間魚雷「回天」である。

太平洋戦争が始まった当初、旧日本海軍は優れた性能を誇る艦船発射用の九三式酸素魚雷を使った夜戦を得意としていた。

しかし、その後のアメリカでのレーダーの開発とともに、アメリカの艦船に近づくことができなくなり、その結果、九三式酸素魚雷は使われなくなった。

昭和19年に入ると、戦局は非常に厳しい状況となり、新たな兵器により形勢を逆転する必要が生じてきた。

そこに登場したのが、使われなくなり倉庫に眠っていた九三式酸素魚雷を改造して開発されたのが「回天」である。

昭和19年2月に「回天」の試作機の製作が呉市にあった海軍工廠で始まり、同年7月までに3機が完成した。

呉市大入にあった魚雷発射試験場で試験航行が始まり、翌月には海軍大臣より正式に兵器として採用された。

「回天」は操作が煩雑で難しく、また本来は魚雷であることから停止・後退もできないことなどにより、大津島で始まった訓練では事故が多発し、15名の殉職者を出した。

なお「回天」は、炸薬量や航行速度などを増加させることを目的とに改良型の開発も進められたが、戦地で実際に使用されたのは回天一型のみで、約420基が製造された。


主要諸元
全長 14,75m
直径 1m
重量 8.3トン
エンジン出力 550馬力
炸薬重量 1.55トン
信管 電気信管および慣性信管
乗員 1名
搭乗口 上部および下部に夫々1ヶ所
燃料 ケロシン(灯油)
酸化剤 酸素
縦舵操舵法 電動縦舵機または手動
水防眼鏡(潜望鏡)倍率 1.5倍と6倍の切り替え

速度 10ノット
(18.52km/h)
20ノット
(37.04km/h)
30ノット
(55.56km/h)
航続距離 78km 43km 23km
航続時間 253分 70分 25分


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IJA Imperial Japanese Army