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りしり運上屋跡
北海道 利尻郡 利尻富士町
北緯45度15分00秒 東経141度11分20秒

〇史跡 運上屋跡

利尻は松前藩が蝦夷地を支配するようになってから藩主の直営場所として交易が行われた。

明治二年になって江州の商人恵比須半兵衛が請負うことになり、リシリ(利尻)、レブンシリ(礼文)両場所の拠点として天然の湾形に恵まれた、トマリ(本泊)に運上屋を設け、交易を行い運上金を納めた。

やがて地元の住民を使役して漁業を経営するようになった。

トマリ(本泊)の運上屋は、文化4年(1807年)6月、ロシヤの武装船による暴行掠奪事件のとき、倉や人家などと共に焼き払われるという災禍をうけた。

場所請負人は、文政6年(1823年)柏屋藤野喜兵衛にかわり、明治の新時代を迎えた。

同2年(1869年)場所請負制は廃止され、水戸藩が分領支配することになり、運上屋も百余年に渉る歴史の幕を閉じることになった。


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