スポッターズ的ひこうき写真館                                                門柱


東京調布飛行場



東京調布飛行場
2017.03.04  調布飛行場

北緯35度40分13秒 東経139度32分05秒

調布飛行場は昭和14年に当時の東京府が三鷹村・調布町・多磨村にまたがる広大な畑や山林を半ば強制的に買い上げ、多くの農家を移転させて建設に着手した。

この門柱は、東京調布飛行場竣工時、正門として左右に設置され、戦時中は「東部第百八部隊」等と厚く大きな板に墨書きされた表札が掛けられていた。

昭和16年4月30日に竣工式が行われ、共用飛行場として「東京調布飛行場」として開設された。

同年12月の開戦とその後の戦争の激化により、陸軍による拡張が繰り返され、関連施設を含めると60万坪を上回る規模となった。

本土爆撃に飛来するアメリカ軍機の迎撃や特別攻撃隊の訓練施設として、帝都防空の最重要拠点となった。

昭和20年の終戦と同時にアメリカ軍飛行部隊による進駐があり、アジア極東地域アメリカ軍基地で消費される野菜類を水と化学肥料だけで栽培する「調布水耕農場」が建設され、露地栽培を含めて野菜の一大生産基地となった。

多くの生命が失われた悲惨な戦争を記憶にとどめる生き証人としてこの門柱を保存し、平和への道標となることを願うものである。


トップへ  戻る